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日常を当たり前にしないために僕は何をすべきか。

カルロスこと小林勝宗
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先日野外訓練を受け、“いただきます”について感じことを書きました。

□参考記事:[1食50円の野外訓練]便利さの変わりに失ったもの。本当の“いただきます”とは。

野外訓練終了直後の夕飯は、出てくることが当たり前ではなかったので「ありがたい」と思いを込めて味わうことが出来ました。

しかし1日経った本日、時間が来れば出てくる食事に一切のありがたみを感じることなく、当たり前のように食事を済ませました。

トップ画:Photo credit: Juliana Lauletta / Foter /

済ます、こなすという違和感

物事をすることが日常になってしまうと、そこに感謝を見出すことが難しくなるのかなと感じました。

いくらお坊さんに「物事にはすべて感謝せよ」とありがたいお言葉を頂いたとしても、自分の腹からそれを感じれなければ日常に落としこむことは難しいです。

聞いただけで出来ることなんてほとんどないでしょうし、そこに自分の体感を載せることが出来るかどうかが肝心なのだと感じています。

また食事を“済ます”や練習を“こなす”という行為の言葉にも、日常感が溢れていないでしょうか。

済ます、こなすという言葉の中には意識が何も感じられません。

意識外で勝手に物事が進んでいるようなイメージを持ってしまいます。

ものごとに対してのやる意味が軽薄してしまうのだと少し危惧しました。

時間やお金といった測り方は簡単だが

時間やお金という概念は物事の尺度を測るのには簡単です。

ただそれらは非常に無機質な性質を同時に持っているように感じます。

なぜならすべてを一律的に測ることが出来てしまうからです。

これらの概念を日常で大量に用いるようになって、全ての行為に対して無機質で何もない日常を形成させてしまったのではないかと勝手に想像しました。

だから僕は非日常な目に遭いたい

僕は今こそ訓練中で身動きが取れませんが、それまでは非日常を味わおうと様々な活動に身を乗り出していたように感じます。

ヒッチハイクで全国を巡ったり、イベントを主催してみたり、ブログに普通書かないようなことを書いてみたり、刺激的でとても面白い日々でした。

きっと今の駒ヶ根の経験も将来から振り返ってみれば非常に面白い期間だと位置づけられると思います。

ただなにかもうちょっとしたいんですよね。

編集後記

今日は全裸で泳ぐべく川まで自転車を走らせました。

思ったよりも遠く、川に着く頃には疲れていました。

川までは落差の距離があり、入ることが出来ずミッションアンコンプリートです。

(決して実際には全裸で入るようなことはしません。)

僕の非日常を巡る日々が続きます。

といってもインドに行ってしまえばこっちのもんですよね!

もっと楽しく!


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