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かんがえたこと

[挑戦することが楽しさ]坂爪圭吾 × スマナサーラ長老 トークライブ in 二宮

坂爪圭吾 × スマサーラ長老
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カルロスを知らない方へ!

カルロスこと小林勝宗とは

昨日は坂爪圭吾さんとスマナサーラ長老のトークライブに参加しました。

坂爪圭吾 × スマサーラ長老 リベレスタの自由なトークライブvol.2 ~「キャリア」を超えて生きていく

最初に開催前に記事を書いたことにより、仰々しく僕を紹介してくださいました。

□参考記事:[11月10日@神奈川]なにやら坂爪圭吾さんはスリランカの上座仏教の長老と対談するみたいですぞ?!

大変恐縮ですm(_ _)m

以下には僕が汲みとったエッセンスを散りばめます。

坂爪圭吾 × スマナサーラ長老 トークライブ

生きることに大した意味はない。

猫は猫として生きているだけ。

人間も人間として生きるだけでいい。
 

他人と比較してはいけない。

あなたは唯一つ“unique”な存在である。

比較すると調子に乗ったり、寂しくなったり、己が汚くなる。
 

若者に自分の世界を作ってほしい。

年寄りは口を挟む必要はない。
 

相手がいないとアイディアは生まれない。

1人で居れば話さない。
 

便利になったからといって、幸せになったわけではない。

便利に鳴った分、そこに虚しさを感じる。
 

昨日より今日のほうがましな人間になる。

それだけでいい。

保守が最も危険

状況を維持するなんてことは要らない。

元に戻るとはどういうことか。

すべてが一期一会なはずである。

瞬間瞬間に魂を燃やし、本番を迎えている。

保守なんてもはや病気である。
 

FOREVER GO

そのまま行け。

何者にも変わることも、変える必要もない。
 

明日は忘れよう。

人にあるのは今だけ。

過去は史実になる。

始めからないものを心配する必要なんてない。
 

自分とはその時かぶる仮面以外にない。
 

生きることは苦である。

それが普通。

苦から逃れることを目的にすることは意味が無い。
 

子供ができたらたんたんと育てるだけ。

どんな人に育つか知ったこっちゃない。

親からは勝手にやりなさい、しかし負けるなよと言われた。
 

執着がなければなんでもできる。

好きな人がそのままでいてほしい。

これは執着である。
 

坂爪圭吾はしっかり仕事をしている。
 

不安とは将来である。

将来がなくなれば、不安がなくなる。
 

想像超えた現実にWOW!
 

楽しいとは挑戦することである。
 

愛とは自由や尊厳を奪うものではない。

本当の愛は人から自由を奪わない。
 

もしなんでも願いが叶うとしたら・・・

そういうこと考え自体がない。

敢えて言えば、すべての生命が充実感をもって生きてほしい。
 

苦しみが刺激。

苦しみながら生きるのは簡単。
 

変とおかしいという概念はない。
 

仏教は宗教じゃない。

宗教は束縛する。

楽に楽しく生きる方法は自分でわからないから仏教が教えてくれる。
 

したいの純度を考える。

したいとしなくちゃの違いは大きい。

本当にしたいものは問答無用にしたい。

完全にそれだと思う。

したいだけで人とやり取りできたら心から気持ちいい。

挑戦することが楽しさである

僕は「もっと楽しく」と決まって一番下に書くようにしています。

それを長老は「楽しさとは挑戦である」とおっしゃっていました。

確かに僕が面白さを感じていない時は、挑戦していない時です。

もっと楽しくとは、もっと何かに挑戦したいんだなということで解釈しました。

なるほど!納得☆ミ

素晴らしい時間でした(^^)

もっと楽しく!

カルロスと会いたい方、いつでも会いましょう!

小林勝宗 Katsuhiro Kobayashi【Carlos】
TEL:07066863561 or 08011269638
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