【異色の経歴】パチスロライターからNPO法人理事長へ。セブンスピリット代表・田中宏明さんの生き方。

セブンスピリット 田中宏明さん
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セブで活動するNPO法人セブンスピリットの代表・田中宏明さんにお会いすることが出来ました。

ぜひセブンスピリットについて、そして代表の田中宏明さんについて知って頂ければと思い、この記事を書きます。

セブンスピリット セブ

 セブンスピリットの児童たち

セブンスピリット代表・田中宏明さんとは

セブンスピリット 田中宏明さん
SNSアカウント

✔︎Twitter:@seven92tanaka

✔︎Facebook:田中 宏明

■ 経歴

高校生の時からパチスロにどっぷりハマり、友人に借金をしてまでパチスロを打つという学生時代を経験。

その後、21歳の時にはフリーランスのパチスロライターとして活動を開始。

全国各地を取材や営業で旅し回ったりして10年間パチスロライターの第一線で活動。

パチンコのプロモーションが映像に移行する中で映像に出ることを苦手に感じ、業界から撤退。

現在はセブにNPO法人セブンスピリットを立ち上げ、音楽で子供たちに学習の機会を与えることを中心に活動している。

セブンスピリット セブ

 演奏会で演奏している様子

僕が田中宏明さんを知ったきっかけ

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> パチスロライターがNPO法人を設立 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

なんていうパワーワードを、今までどこかで聞いたことがあるでしょうか。

そら、知ったら興味津々になってしまうわけですよね!
 

半年前セブに来たとき、フィリピンの差別の対象、スラム街のバジャウ族に拠点を構える松田大夢くんに出会えました。

【松田大夢】セブ島の海に村を作るパジャウ民族に住む唯一の日本人(21歳)に出会えました!

2017.05.07

そんな大夢くんにセブにきっかけを聞くと

松田大夢
“クズ田中さん”に出会ってセブに来た。

と言うんです。

人に“クズ”って・・・そら、さすがに失礼過ぎやしないかな??
 

のちに判明するんですが、田中さんのライターネームが「クズ田中」だったんですw

彼はパチスロのメディアで自分のクズっぷりを大いに語り、そのアクセスに応じて収益を決定。

その収益をNPO法人セブンスピリットに寄付するという企画を行なっていました。

田中さんのパチスロ“クズ”時代が大いにご理解頂ける連載企画【全45回】

👉 第1回 あのときオレはクズだった~田中の回胴回顧録~

NPO法人設立のきっかけはベトナムでの盗難

NPO法人を立てようと思ったのはパチスロ時代、年に5.6回行っていた東南アジアでの出来事がきっかけだと言います。

ある日友人とベトナムで歩いていると、友人が子どもに財布を盗まれました。

その時の子供の笑顔ったらもうすんごい素敵だったそうです。

田中さん
なんて素敵な笑顔をしているんだろう、“犯罪をしているのに”。。。

その笑顔をより良い活動に向けることは出来ないか、そういった子どもたちのために活動出来ないかと思ったそうでした。
 

そしてそんな時に「NPO法人の経営は難しい」という内容の本を偶然手に取ったことから、

田中さん
やるからには難しいことをしたい、NPOで挑戦しよう

と決意されたそうでした。

いざドイツへ!セブ語学留学5ヶ月

ドイツに自分が求める子ども向けに活動をしている団体を発見しました。

そこにジョインしたいと思い、まずは英語だ!と5ヶ月間セブで語学留学を実施します。

5ヶ月間に渡る英語学習を終え、ドイツの団体に自分が入れるように頼んでみます。

でも「ドイツ語が話せないと話にならん」と拒絶されました。

ここでドイツ行きが頓挫してしまいます。
 

こうなったら自分で立ち上げるしかないと思い!日本でNPO法人設立に向けて動きます。

日本でNPO法人を立ち上げるには半年ほどの時間を要します。

その間には様々な国にも巡りました。

ガーナで金鉱掘りにチャレンジ

ある日、東京の飲み屋でガーナで金鉱掘りをしていると言うおっちゃんに出会いました。

ガーナで金鉱掘り、面白そう!

でもおっちゃんはこう言います。

おっちゃん
今までたくさんのやつが面白そうって言ったがな、実際に来たやつは一人もいないぜ

行動に足が生えたような田中さんは実際にガーナまで足を運んでしまいます。

ただ現地に行ったのはいいものの、残念ながら国からの許可がおりず。

金鉱掘りを行うことは出来なかったそうでした。
 

いざMPOで活動しようとなったときにどこでやろうかと場所に悩みました。

その時に一つのことに気づきました。

田中さん
いつも想像するのは“セブの子どもたちの顔”
セブンスピリット セブ

 セブの子どもたち

これがきっかけとなり、セブでやってみようと決めました。

ピアノ1台の青空教室から始まったセブンスピリットの活動

まずは志のあった日本人大学生と組んで立ち上げを始めました。

フィリピンで作ったものを日本で売ったり、フィリピン人たちをキャンプに連れて行ったりと試行錯誤をします。

一緒に組んだ大学生が『音楽で教育を授けたい』という願望があったことから、まずは取り組んで見ることにしました。

屋根のない公園や広場を教室と定め、現地語でビラを作り周辺に配ります。

最初の謳い文句はこれ。

田中さん
ご飯食べれるからおいでー。

田中さんとスタッフが事前に大量のご飯を作り、集合場所に持って行きます。

ご飯の前に音楽学習を行おうと言う作戦でした。
 

そんな時、困ったことが起こりました。

子どもたちに教育を授ける目的で始めたので、対象年齢を『6-18歳』までとしました。

ところがご飯をタダで食べたい対象外の人が来てしまいます。

例えばこんな人。

おじいさん イラストや

明らかなる老人なので聞いてみると

老人
わしゃ、18歳じゃ。

と言い張る始末。

結局そういった人にもご飯を振舞わなければならなくなりました。
 

最初にあった機材ははピアノ一台のみ。

生徒は歌と手拍子で音楽をするというところからの始まりでした。

拠点を構えて景色が変わった

定期的に活動を行えるようにはなりました。

でも青空教室だと雨が降ると開催出来なくなってしまいますし、場所が毎回変わると子どもたちも来づらいです。

そして子どもたちはご飯食べたらどこかに行ってしまいます。

拠点の必要性を感じました。

そこで現在でも行われる拠点を獲得することにしました。
 

拠点が出来ると子どもたちの定着率は圧倒的にアップしました。

そしてご飯よりも音楽を目的で来る子も増え始めます。

セブンスピリット セブ

 レクリエーションを実施しているところ

また遠くからも生徒が来始め、青空教室の頃から来ていた地域の子どもたちの中で離れていく子どもたちも現れました。

どうして僕たちだけの相手をしてくれないんだ

自分に面と向かって接してくれる大人が現れたのに、人に取られきっと嫉妬を覚えたことなのでしょう。

でもこればっかりは仕方ないです。

地域格差によるケンカも多数発生

セブンスピリットは現在、徒歩圏内の5地域から生徒を受け入れています。

創設当時は地域間の子供たちのケンカが絶えなかったそうでした。

もちろん中にはスラム地域からくる子もいます。

バジャウ スラム

 フィリピンの実際のスラム・バジャウ族の住む集落

そんな子に

お前ら汚いからくんな

という子も居たそうです。

そんな時は田中さんの出番!

ではなく、初めて雇ったフィリピン人のソーシャルワーカーの出番なのだそうです。

田中さんが道徳に口を出すことは一切ないそう。

道徳的なことは全てソーシャルワーカーの仕事です。

いわば田中さんは“正月の集まりにいる親戚のおじさん”なんだとか。

「子供が楽しければそれでいい」というスタンスを貫いているのでありました。

音楽学数をあまり重要視しない家庭もあったのでは?

「音楽なんてやってもしょうがない。物乞いや仕事をしろ!」と言う家庭もあるのではないかと思いました。

でもそういった家庭はほとんどなかったそうです。

逆に子ども財布を盗んで来て「なにやってんの!あんたって人はーっ!!」と言う親が居たくらいでした。
 

ピアノ1台だけで始まった教室ですが、その後立ち上げた大学生がリコーダー、鍵盤ハーモニカを調達してくれました。

子どもたちがより楽器に触れられる環境になりました。

そして、現在では楽器隊を組めるほど様々な楽器を各地から寄付されています。

セブンスピリット セブ

 演奏している様子

大学の進学先まで獲得

セブンスピリットの学生たちにちゃんとした社会人になってもらいたい。

フィリピンは日本以上の学歴社会で、しっかりと給料もらえるように働くには大学を出る必要があります。

田中さんはどうしたら大学進学へのパイプを結ぶために悩みました。

田中さん
どうすれば、大学進学まで結びつけられるだろうか・・・
フィリピン人スタッフ
え、社長知らないんですか?そのコネクションならもうありますよ?
田中さん
聞いてない。。。なにそれ?w

活動の中でフィリピンのアマチュア楽団と共にすることが何度もあるそうです。

その際にフィリピン人スタッフが勝手にそういったことを結んでしまって居たそう。

(NPOやボランティアに取り組むフィリピン人は超優秀なんだとか)

現在では楽団所属を条件に、授業料免除(教科書代は自己負担)でいくつかの大学に入学出来るようになったのだそうでした。

なんて素晴らしい取り組みなのでしょう!

音楽を通して子供が願望を抱けるようになった

活動当初子供たちに将来の夢を聞くと、”警察”“ものをうる人”と言う答えしか返って来ませんでした。

これはしょうがないことで、自分たちの生活で目にする人たちしか知らないのです。

でも今では音楽を通し様々な価値観を知ることが出来、

男の子
僕は“ミュージシャン”になりたい!
男の子
僕は“ITに進みたい”んだ!
女の子
私は“日本に行ってみたい”の!!

などと多様になって来たそうです。

イメージができなく夢が語れなかったのが、イメージできるようになり夢が語れるようになりました。

また音楽学習を通して「頑張ったらできるようになる」という正しい努力のあり方を子供たちは学んでいます。

こういったこそが音楽を通して実現したいと思っていたビジョンの一つでした。

田中さん
今後もさらに各地での演奏会をプロヂュースしたり、また結婚式の演奏などを担うことで発表の場を設けていきたい

田中さんは笑顔で語っていました。

田中さんは心底子どもが好きなわけではない?!

ここまで話して来て非常に興味深かったのは、田中さんが「子供がそんなに好きなわけではない」というところです。

こんなに子供たちのために活動しているのにです 笑

だから

田中さん
孤児院は無理、家に帰って寝るくらいがちょうどいい

と語っていました。

あくまでも“親戚のおじさん”ポジションなんですね!

※ 孤児院の場合、夜まで共にしなければならない

パチンコ × NPO活動の弊害

「NPO法人の代表がパチスロライターである」ということは対外的に嫌がられることだそうです。

なので活動当初は言わないようにしていたそう。
 

でも隠していても仕方ないと気づき、パチンコライターであることをさらけ出すようになりました。

なので取材してもらっても記事にならなかったことは多々あるそうです。

そんなセブンスピリットの名前の由来はもちろん、パチンコのラッキー7から取ったそうです。

セブンスピリット セブ

 セブンスピリットのロゴ

今では「7つのS」という尊い理念がありますが、後付けて定めたそうですね。

今ではパチンコ業界からも活動を応援してもらっているそうです。

素晴らしい縁ですね。

やりたいことは今やる、それが信念

田中さんのスタンスは終始一貫していて「面白かったらまずはやろう」です。

だから若者に「やりたいことをやろう!」としか言いません。

田中さんの人生において“人生設計”なんてなかったわけですから。

今やりたいと思ったことをしていたらパチンコライターになり、NPO法人代表になっています。

決してライターという本業が成り立っているからNPOをやっているというわけでも全くありません。

「やりたいことはできる」ということを田中さんの人生は証明してくださっています。
 

田中さん
NPO法人としてセブンスピリットが完璧にお金が回ったら僕が必要じゃなくなるかもしれないね。

いつ潰れてもおかしくないという状況は抜けたけど、半年後どうなっているかわからないしね

そんなビジョンを語る田中さん。

まだ当分NPOの活動を継続していくそうですし、ますます子供の可能性を広げていく存在でいることでしょう。
 

今後は卒業した子どもたちが団体に関わってくれるようになり、世代を通して運営が行えるのが望ましいと考える田中さん。

本当はNPOの代表であるから責任重大なはずです。

でもある意味無責任な“親戚のおじさん”の立ち位置から、子供と関わり続けていく姿ってとても素敵だなと思いました。

素晴らしい話をお聞かせ頂き、本当にありがとうございました!

セブンスピリット セブ
 

セブンスピリットFacebookページ

👉 NPO法人 セブンスピリット


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この思い、届けッ!!!

ABOUTこの記事をかいた人

1988年、生まれのみ岩手県花巻市で、育ちは神奈川県川崎市。2011年、早稲田大学 政治経済学部 経済学科を卒業。体育会ラグビー部に所属し、日本一を経験。五郎丸選手が4年生の時に1年生だった。2011年、野村證券入社。自分の能力のなさに絶望し、1年半で逃げるように退社。その後独立を試みるも、騙されて貯金を切り崩し、アイフル・アコム・レイクで借金100万円を負った。ブログを開始し、今までの失敗談や自分の考えを書き始めると、読者と接点が出来人生が面白くなる。最近は高校で授業をしたり、インドに放浪したり、ミュージシャンのスタッフとして全国ツアーを回ったり、千葉県富津市の金谷に移住したり、イベントを主催したりと、自分が楽しいと思ったことを貪欲に行っている。