[書評]木村秋則「奇跡のリンゴ」読了。今の僕に突き刺さった木村さんのあり方。

奇跡のリンゴ 木村秋則さん
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先日、ミュージシャンの全国ツアー中、数日間青森県弘前市に滞在することがあった。

事前に、近くには「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんのリンゴ畑があることは伺っていた。

奇跡のリンゴの木村秋則は弘前の方曰く、奇人・変人でしかない。

2016.08.03

今回失礼を承知で飛び込みで訪問してみると、運良くちょうど木村さんがいらっしゃった。

そこで出会えた縁をきっかけに奇跡のリンゴを読んで見た。

すると、数年前に映画を見たときには印象に残らなかった素敵な話が多数あった。

今回はこれらの部分を、自分の人生と照らし合わせながら書き綴っていきたいと思う。

木村秋則さんと実際にお会いした時の話。

と、その前に出会った時のことを書く。

木村さん宅を教えてもらい昼過ぎに尋ねてみると、ちょうど今から農作業に向かうところだった。

カルロス
僕は現在、千葉県を中心に農家さんのお手伝いなどをしている者です。

突然の訪問で申し訳ありませんが、木村さんの作業をぜひ拝見したいと思って来てしまいました。

木村さんはそれに対して

木村秋則さん

・突然来ても困る

・連絡のない訪問は全て断っている

・ちょうど収穫の時期で忙しい

と少し叱るような感じでお答え頂いた。

当たり前である、悪いのは完全に僕なのだから。
 

それで僕は申し訳ない思いで頭を下げ続けた。

カルロス
本当に申し訳ありません。。

僕が完全に悪いんです。。

すると木村さんは

木村秋則さん
「頭は下げる必要はない!」

とその空間を切り裂くように“ピシャッ”と強く言ってくださった。

その後は満面の笑みを取り戻され

木村秋則さん
まぁゆっくり見ていきなさい。

作業の邪魔はしちゃダメだよ。

と言ってくださった。

奇跡のリンゴ畑にて

家から畑に車で移動した。

木村さんの農園の葉っぱを手に取り

木村秋則さん
見なさい。

この葉っぱの色と、この葉っぱの色は違うだろ?

こっちの方が薄い。

これが自然の色なんだよ。

と親切丁寧にご教授頂いた。

(※ 木村さんの畑と隣の畑の葉っぱの色を比べた。)
 

僕は邪魔をしないようにと思っていたのに、ここまで親身に説明してくださる木村さんに感動を覚えていた。

木村さんは畑の中から作業している女性に呼ばれたので、畑に向かい作業に移った。

奇跡のリンゴ 木村秋則さん

 実際の木村さんのリンゴ畑

遠く離れた位置から作業を拝見していたのだが、木村さんはどうやら何かを話しているらしかった。

それはまるで僕に向けられて話しているようだったので、(もしくはリンゴに話しかけていたのかもしれない)近寄って聞いてみるとまたどんどんと話をしてくださった。

木村秋則さん
リンゴの自然栽培は教えない。

米や野菜と違ってリスクが高すぎる。

印象に残ったのはこの言葉だった。
 

その後も

木村秋則さん
“これはこういう状態で・・・”

“ここはこうしてやると・・・”

と次々と話してくださった。

奇跡のリンゴ 木村秋則さん

 こんなに近くでご教授頂きました。感謝。

 

近くに先ほど木村さんを呼んだ女性さんがいらっしゃったので

カルロス
突然の訪問、申し訳ありません。

と挨拶すると

女性
・大変迷惑です

・農家がいつも暇と思ったら大間違いですよ

・農家の手伝いをしている人間なら少しは考えてください

「農家ナメんなよ」と言わんばかりに、まくし立てられるように厳しく叱られた。

僕は出来ることなら手伝う気満々で行ったのだが、突然来たどこの馬の骨だかわからない奴が来たってただ迷惑なのだ。

深く頭を下げ、その場を後にすることにした。

[1]自然農法のルーツは“福岡正信”にあり

そんなこともあったので、改めて木村さんの本を読んでみることにした。

まず初めに驚いたのは木村さんの自然農のルーツは福岡正信さんにあったことだ。

いすみ市でもエコビレッジでも福岡さんのことを聞くので、先日Youtubeで動画を拝見したばかりだった。

👉 この動画スゴかったです!

[2]冬の休業期間中は東京に出稼ぎ

りんご農家は冬の間活動することができない。

そのため木村さんは冬の間、東京に出稼ぎに行った。

農作業の出来ない冬場は、東京に出稼ぎに行ってました。
前に勤めていた川崎の会社の近くに公園があって、日雇いの労働者が集まっているのを知っていたから、そこでもしばらく生活をした。
宿を借りる金はないから、公園で寝泊まりするのな。
会社の知り合いに顔を見られたくないから、手ぬぐいで頬かむりしてさ。
朝になると、人集めのトラックが来る。
それに乗って、港で荷揚げをしたりするわけだ。
貰ったお金を財布に入れて、枕にして寝ていたんだけど、朝目が覚めたらそっくりなくなっていたこともあった。
それからはパンツに袋を縫いつけて、その中に入れる4Aにした。
パンツは1カ月も、二カ月もはきっぱなしだよ。
風呂も入らないから、髪も髭も伸び放題でな、春になって青森に帰る頃には、ひどい臭いだったんでないかな。
ダム工事の現場に行ったこともあるし、神田で段ボール集めをしたこともある。
一緒に仕事をしていた人たちは、ゴミをあさって食べ物を探していたな。
さすがに私はそれは出来なかったけれど、出稼ぎと言っても浮浪者同然の生活だった。
世の中はバブルとか言って騒いでいたけれど、私には何も関係なかったな。
そうやって必死で働いても、たいした稼ぎにはならなかった

[3]生活のためにアルバイト

命を絶とうと決意して山に入った時に、リンゴの自然栽培のヒントを得たのは映画でも代表されるシーンだろう。

その後から、木村さんは今までのプライドを捨て、アルバイトを始めた。

やっと見つけたパチンコ屋では8ヶ月で解雇され、その後夜のキャバレーでトイレ掃除を始めた。

その後ボーイとなり客引きから始まり、信頼を勝ち取り経理も任せれもらい、月給17万円となった。

3年勤めた後には退職金を50万円頂くほど、キャバレーにはなくてはならない存在となっていた。

今後どのように生きていくか

以上の3箇所が今の僕にとても響いた。
 

僕は現在年収200万円以下の貧困民だ。

2017年度年収150万円。前年度比67%だから、38歳の時に年収1億円超える計算だ、よし。

2017.07.31

年収100万円の楽しい生き方、年収50万円の楽しすぎる生き方。

2016.10.06

木村さんが「無農薬リンゴを作るぞ!」と志したように“これをやるぞ”といった気概溢れる対象はない。

家庭を持ちながらも挑戦は出来る

木村さんは3人の子供を育て上げた一家の大黒柱。

リンゴの無農薬栽培のために10年間ほぼ無収入で生活をした。

でも冬に出稼ぎに行き、アルバイトをすることでなんとか生活をつないだ。

偉大なことを成し遂げた木村さんの裏にあるこの努力。

僕はこの姿に希望が湧いた。

居を構えて農的な暮らしがしたい

先日には廃材エコヴィレッジ「ゆるゆる」で3日間生活させてもらった。

その経験から居を構え、自給的農をする欲が高まっている。

僕もいずれ福岡さんや木村さんを参考に農を志していきたい。

やりたいことがコロコロ変わる。

僕の気持ちは山の天気よりも変化が早く、先日までは「米大陸を縦断したい」と言っていた。

“海外放浪”するか、“ビジネスにチャレンジ”するか、“居を構える”か、絶賛迷い中。

3人のお子さんを抱えながら無謀なことにチャレンジし、そして達成した木村さんの姿は本当に尊敬する。

僕も一歩踏み出したい。
 

エピローグ

先日、木村さんには突然の訪問にも関わらず、僕が想像していた以上に親切丁寧に対応してくださった。

その感謝の気持ちを込めて、僭越ながらその後にポストに手紙を投函させて頂いた。

木村さんの他の本も読んで勉強しながら、また別の機会で木村さんの勉強会などに参加できればと思っている。

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ABOUTこの記事をかいた人

1988年、生まれのみ岩手県花巻市で、育ちは神奈川県川崎市。2011年、早稲田大学 政治経済学部 経済学科を卒業。体育会ラグビー部に所属し、日本一を経験。五郎丸選手が4年生の時に1年生だった。2011年、野村證券入社。自分の能力のなさに絶望し、1年半で逃げるように退社。その後独立を試みるも、騙されて貯金を切り崩し、アイフル・アコム・レイクで借金100万円を負った。ブログを開始し、今までの失敗談や自分の考えを書き始めると、読者と接点が出来人生が面白くなる。最近は高校で授業をしたり、インドに放浪したり、ミュージシャンのスタッフとして全国ツアーを回ったり、千葉県富津市の金谷に移住したり、イベントを主催したりと、自分が楽しいと思ったことを貪欲に行っている。