野村證券の辞め方。新卒入社1年半、僕は給料泥棒でしかなかった。

カルロス 野村證券時代
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「27歳、こんなはずじゃなかったのになー」

そんなことを思うこともあります。

それは良いパターン、悪いパターンどちらもです。
 

大学生の時に描いたキャリアビジョンは
 

ー野村證券でトップセールス

ー若くして美しい奥さんをもらって所帯持ちとなる
 

そんなことを描いていました。

でも蓋を開けてみると、現実にいる27歳の僕は“無職“かつ“実家暮らし”なわけです。

親のスネをなくなるまでしゃぶり尽くす所存であります( ` ・ω・´ )!
 

そんな僕が当時のことを振り返ってみたいと思います。

読む際における諸注意

誤解してほしくないのは野村證券を陥れるなど、そんなことは微塵も思っていないということです。
 

「うちの会社厳しいよ?それでも入る?」
 

と言われて入った会社です。

(就活生に伝わる都市伝説の一つかもしれませんね)

入ってみるとちょっと想像と違った厳しさが待ち受けていました。
 

それでも会社で成果を上げ続けるスーパーマン(通称『野村マン』)はものすごくカッコ良かったわけです。

そりゃ、ヤムチャぐらいなら左手で消せることでしょう。

僕もそれに憧れたのですが、残念ながらそこには到底及ばなかったわけです。

我慢しきれず諦め、逃げた人間です。

見る人から見れば、ただの負け犬の遠吠えでしょう。

それで構いません。
 

ということで、自分の実体験をただただ綴ってみたいと思います。

新卒1年目、Mr.給料泥棒・カルロス

僕は大阪の梅田支店に配属されました。

初めて親元を離れて縁のなかった大阪に向かいました。

学業を終えて、親元を離れるときには、それはそれは感慨深いものがありました。
 

いいと制したのですが、両親は新横浜駅までわざわざ車で僕を送ってくれました。

別れを告げる時は、僕の新しい人生が始まる感覚で胸がいっぱいでした。

あの時の感覚は今でも鮮明に思い出せます。

新入生歓迎会で輝きを放つ

僕が入社した年は東日本大震災の影響で研修がなく、いきなり支店に配属されました。

少し経った後に、梅田支店では新入生を歓迎する飲み会が執り行われました。

お酒の席で先輩たち全員との初めての顔合わせとなりました。

体育会ラグビー部出身の僕ですが、どう気を使えば良いのかよくわかりませんでした。

(今もそういうことは苦手です。)
 

新入生が前に立たされ、自己紹介を促されました。

みんなが普通にやる中、僕は一発かましたいと思いました。

何をかましたら場を盛り上げられるだろうか・・・

自分の番が回ってきました。

僕は大声でみんなにこう言いました。
 

ーーー

早稲田政経卒!ラグビー部出身!

“童貞の!!”、小林勝宗です!!

よろしくお願いしますッ!!

ーーー
 

一発かませた感はバッチリでした。

会場に笑いが起こっていましたもんね。

手応え十分、気持ち良すぎて童貞のくせに昇天しそうでした。
 

ここで僕はカミングアウトする面白みを覚えたのかもしれません。

□参考記事:【タブーに触れる】性生活、経済状況、個人情報をカミングアウトするとどうなるか。
 

その後一ヶ月に一度、課をまたいだ支店全体の飲み会が行われました。

その際には本来なら新入生の僕たちが、課長の元にビールを注ぎに行かなければなりません。

でも僕のもとにはたまに課長からわざわざ来てくださることがありました。

そしてこう僕に尋ねました。
 

「小林、お前まだ童貞なんか?
 

僕は聞かれる度に「ハイ!しっかり守っております!!」と返事をするようにしていました。
 

ノリのいい先輩女性社員は
 

「あんた、まだ童貞なんー?

私が相手したろかー?


 

と聞いてくださりました。

僕は「ハイ!喜んでっ!!」と居酒屋の定員ばりに気前よく返事しました。

ですが、それは実現することは一度もありませんでした。

(あれ?おかしーなー・・・??)

完全なる余談:実は彼女が出来ていた

でもここだけの話、本当は途中から彼女が出来ていました。

1番やってはいけない、“同じ支店”“同期”に手を出しました。

とっても可愛らしい子でした。

ま、半年でフラれるんですけどNE☆ミ
 

都市伝説の通り、女性社員はキレイな方がとっても多かったですね。

一つ上には読者モデル出身のとんでもない美人な先輩もいましたし。

完全無敵の宴会部長

2次会には決まってカラオケに行きました。

カラオケといえば僕に用意されたフィールドのようなものです。

当時は「少女時代・Gee」を原曲で歌って踊り、「DJ OZMA・アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」の完璧な踊りでその場を湧かせましたね、懐かしい・・・
 

一応どうでもいいと思いますが、僕の盛り上がる曲レパートリーを連ねておきます。

AKB48/恋するフォーチュンクッキー・ヘビーローテーション

モーニング娘。/恋愛レボリューション21・SEXY BOY 〜そよ風に寄り添って〜

氣志團/One Night Carnival

DJ OZMA/アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士

少女時代/Gee

Psy/江南スタイル

大黒摩季/熱くなれ

m-flo/miss you・come again

 

基本的に踊ります!

僕みたいな図体のやつがそれなりに軽やかに動くと、滑稽で面白くなっちゃうんですよね(^^)/
 

ちなみにですが、モー娘。「SEXY BOY」は大学時代に通った新宿2丁目のゲイバーで体得しました。

□参考記事:新宿2丁目・ゲイバーに初めて行った時、“全裸”になった話。

支店内の実態

その一方昼間の業務では、もうどうしようもないくらいのダメ社員でした。

たぶん支店にいた同期(女性を含む)の中でドベだったことでしょう。

月の粗利が4万円しかないのはザラで、0のときもありました。

営業としてはありえない、生きる資格がない人間です。

給料を20万くらいもらっていたので、完全に負債でしょう。
 

僕が廊下を歩いていると、上司は僕を怒鳴りつけました。
 

「小林!テメー!!(怒)

なに歩いてんだ ゥォラー?!」


 

殺されかねない勢いでした。
 

むむ?義務教育の時、学校では【廊下は歩くもの】と習った覚えがあります。

でもここでは「廊下を走れ!」と怒鳴られるわけです。

なかなかの“カルチャー・ディファレンス”ですね♪
 

でも周りを見てみると、誰一人として走っていませんでしたけどね。

なるほど!ダメな新入社員だけに強いられるルールなわけか(^^)ナットク!

範馬勇次郎によるダブルサラウンドシステム

また梅田支店は大店だったため、えげつない支店長がいらっしゃいました。

大店の支店長は完全に範馬勇次郎レベルでしょう。

(一部は支店長のことを「ヤクザ」と称していました)

僕はここで初めて“ダブルサラウンドシステム”を体感しました。
 

支店長は支店の隅に設置されたガラス張りの支店長室に常にいます。

内線電話で課長を実に“圧倒的に”怒鳴りつけるわけです。

その課長の受話器から支店長の声が漏れて、課員席にいる僕達にも聞こえてしまいます。

さらに支店長室のドアの隙間からも声がもれてきます。

これで夢の「ダブルサラウンドシステム」の完成です!

恐怖でしかなかったですね☆ミ

大学ラグビー部の同期に久しぶりに会い、心配される

先日結婚をしたラグビー部同期の大塚は、現在の奥さんと大阪に旅行に来たことがありました。

久しぶりの再会に僕としても興奮し、とても楽しみにしました。

当日僕は至極明るく振る舞ったつもりでしたが、大塚は大層心配しました。

僕が大学の時の明るさや元気を失ってしまったからです。
 

そして大塚は東京に帰ると違う同期に「チョスが大阪でやられている」と伝えたみたいです。

伝えられた違う同期から「チョス、生きてっか?」とわざわざメッセージをもらったくらいでした。

そのメッセージをもらい“あ、僕はこんなにやられているのか”と客観的に知ることが出来ました。
 

※ チョス:サンチョス(大学の時のあだ名)の略

□参考記事:[早稲田ラグビー4年間]小林勝宗は中竹竜二監督にここまで導かれてきた。

1年半の間に起ったこと

僕が在籍した間にいろいろと大変なことも起きました。
 

僕は大阪だったため、地下鉄御堂筋線桃山台駅近くの寮住まいでした。

寮には40人くらいが共同生活をしていたでしょうか。

歩いて5分のところにラウンドワンがあるすばらしい立地でした。

夜な夜な先輩にボーリングやカラオケに連れて行ってもらったのはいい思い出です。
 

入社して間もない5・6月頃、同期が自殺を図りました。

自殺未遂以来4年ぶりくらいに会った友人は、驚くほど元気にしていました。

一時は体中にプレートを入れるほどだったそうですが、現在ではランニングもできるくらいになっていました。

(ただアメフト出身の彼は、アメフトはさすがにやらないそう)
 

そこで当時の詳細を聞いたので、友人に記事にしていいか聞きました。

友人は僕のブログを読んでくれていたので、是非!と言ってくれました。

原稿を書き上げて彼に公開前に見せた時は「お前、話をまとめるの超うまいな!ありがとう」と言われたほどの記事となりました。
 

そして[自殺未遂という笑い話。◯◯は元気で本当に良かった]という記事を書きました。

僕も友人も既存のレールから外れた人間です。

それでも楽しく生きられるということを伝えたかっただけです。
 

しかし公開した直後から友人のもとに、その記事に関してたくさんのクレームが入りました。

したがって公開してから3時間くらいで閉じることにしました。
 

僕が辞めるちょっと前には、一つ年上の先輩が失踪しました。

確か、期日までにお客様と交わした約束の金額の入金が確認出来ず、上司に詰められまくったからだったと思います。

しばらく経ってからパチンコ店で見つかったそうですが、その後どうなったかは僕は知りません。

おそらく退職することになったことでしょう。
 

偏った見方をすればそれほど厳しい環境である、ということも言えるでしょう。

涙が勝手に出てくる当時の状況

僕は自分が営業で成果を出すことも出来ず、苦しい日々を過ごしていました。

怒られることが得意だった僕は、しょっちゅう上司を怒らせました。

営業中にあまりにも苦しくなり、親に泣きながら電話したことは一度だけではありません。
 

長期休暇の時に実家に帰ると、ふとした日常の際に涙が流れました。

なんでこんなに苦しまなければならないのだろうかと考えました。

大阪に帰る新幹線に乗った時も、自分の意志とは関係なく涙が止まりませんでした。
 

新規開拓のため飛び込み営業で断られ続けることに嫌気が差しました。

帰ってからも成果がなければ上司に怒られます。

当時日経平均は9,000円台を割っていました。

お客様に提供した商品は軒並み価格が下落しました。

態度が豹変して怒られることもありました。

お客様から断られ、上司からは怒られ、市況からは見放され。

これは僕だけではなく、当時の営業をしていた人たちはみんなそうだったことでしょう。

2ヶ月かかった退職

僕は辞めることを決めて、意を決して上司に言いました。

「今忙しいから後にしてくれ」

そんな返事を受けてまともに取り合ってくれませんでした。
 

1ヶ月後にも再度上司に相談しましたが、相変わらず取り合ってくれませんでした。

最後の方には、僕はもう心が失われてしまっていたので、営業のため外に出てからは公園でずっと寝ることにしました。
 

最終的に僕は出社拒否をしました。

そうしたら違う課の課長がいきなり、僕が住んでいた寮に来て2時間話しました。

売上を上げなければいけない時間にわざわざ僕に時間を割いてくれました。

2時間話し続けようやく帰ると思いきや、違う課の課長が代わって現れました。

結局その課長も2時間くらい話してくれました。
 

翌日出社すると支店長室から呼ばれ、話を聞かれました。

「お前、退職したいらしいな。

お前の自由だが俺は正直もったいないと思うぞ」

普段えげつないくらい怖い支店長も、こういうときは優しく話してくださりました。

その日が金曜日だったので、土日に考えて答えを出すように言われました。
 

そして月曜日になり、支店長室に行きました。

僕は退職する意を伝えました。

「わかった、じゃぁ5日後に寮を出てくれ。」

2ヶ月退職するまでかかり、決まった途端に寮を出るように指示されました。

辞めさせてくれるのでなにも文句はなかったが、こういう感じなんだなと思いました。

そして数少ない顧客を同期に担当替えを行い、僕は野村證券を去りました。

イケハヤさんはこう言っています。

イケハヤさんは定期的に「円満退社なんて・・・」とおっしゃっています。

僕は今まで様々な場所から退いてきました。

恋人関係でもそうですが、なかなか円満に分かれることって難しいですよね。

2chなどに見られる文献について

実際に内部を体感した僕からすると、これらは半分本当で半分ウソでしょう。

ま、書物なんて全部そんなものですよね。

僕の記事も見る人から見れば本当かもしれませんが、違う人にはウソかもしれません。

自分が体感した情報以外は鵜呑みにしちゃいけませんね。

最後にもう一度

ただの負け犬の遠吠えです。

上手く出来る人はいて、超かっこいいです。

心から尊敬します。

でも負け犬なりの楽しい人生もありますよ。

ダメだったら逃げて、諦めてもいいと僕は思っています。


  もっと楽しく!
 
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この思い、届けッ!!!

ABOUTこの記事をかいた人

1988年、生まれのみ岩手県花巻市で、育ちは神奈川県川崎市。2011年、早稲田大学 政治経済学部 経済学科を卒業。体育会ラグビー部に所属し、日本一を経験。五郎丸選手が4年生の時に1年生だった。2011年、野村證券入社。自分の能力のなさに絶望し、1年半で逃げるように退社。その後独立を試みるも、騙されて貯金を切り崩し、アイフル・アコム・レイクで借金100万円を負った。ブログを開始し、今までの失敗談や自分の考えを書き始めると、読者と接点が出来人生が面白くなる。最近は高校で授業をしたり、インドに放浪したり、ミュージシャンのスタッフとして全国ツアーを回ったり、千葉県富津市の金谷に移住したり、イベントを主催したりと、自分が楽しいと思ったことを貪欲に行っている。