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“障害者”のご夫妻に招かれて、楽しい食卓を囲いました。

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最近この記事を読んでいました。

□参考記事:障害者は感動ポルノとして健常者に消費される – ログミー

以下にビビっと来たところを引用します。

健常者が良い気分になれるように、障害者をネガティブな存在としてモノ扱いしています。

自分の抱えている問題が大した困難ではないと、違う角度から見られるようにするためです。

<中略>

私は「障害者」という言葉を意図的に使って来ました。

なぜなら、私たちの身体と病名よりも、私たちの生きる社会のほうがより強く「障害」になっていると感じているからです。

なるほど、障害者の方たちは自分の状態より社会を障害と感じているのですね。

小学生の頃車いすに乗った生徒が居ました。

その子と僕は下校を一緒にすることがよくありました。

(もちろん母親が車いすを押していました。)

これはどこか「車いすの生徒と一緒に下校している俺偉い」という感覚はありました。

これこそが障害者をモノ扱いしている一つの行動だったのではないかと今振り返ります。

私たち障害者は、それぞれの精神力と忍耐力をお互いに学びあっています。

身体的特徴や病症に対してではなく、私たちに特別な業績を期待し、モノ扱いするこの社会に対抗するための知恵です。

私たちが今までつき続けてきたこの嘘は、大いなる不正だと思っています。

この嘘が、私たちの人生をつらいものにしているのです。

「ネガティブな態度こそが、唯一の障害だ」というさきほどの言葉、あれは間違っているだけでなく、この社会における障害の捉え方なのです。

どれほど笑顔を振りまいても、階段をスロープに変えることなどできません。決して。

これこそが“感動ポルノ”の実態なんですね。

PR活動によって障害を美しいものに変えすぎた結果なんでしょうか。

確かに僕も根本では「ネガティブな態度こそが、唯一の障害だ」と思っている部分はあります。

ただこれは人それぞれの価値観です。

それを他人に突きつけた時点で凶器になりうることも忘れてはならないですね。

障害者の女性からメッセージを頂いた

先日あげた記事を見知らぬ方がシェアしてくださりました。

□参考記事:怒りで人を支配しようとする上司の言うことは絶対か。

シェアする時にご自身の考えもしっかり添えられていたのでとても嬉しく思いました。

感謝を述べるとそこからやりとりが始まり、今回伺うことになりました。

その際に一つ気になるフレーズがありました。

うちも夫婦揃って障害者で一般の人より暇な時間多いんで(笑)、ぜひかまってやって下さい(^∀^)

おぉ、来たか、と思いました。

最近記事を見たばかりだったのでなんてタイムリーなんだと思いました。

特別視するわけではないですが、どこかしらで身構えた部分はありました。

いざ出陣!

ご自宅に伺いました。

晩御飯をごちそうになりました。

タコス!

ご主人の好物だったそうな。

超美味かったです!ごちそうさまでした!

(写真を撮っていない僕はブロガー失格です_| ̄|◯)

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お二人の障害

不謹慎ながら僕は興味しんしんでした。

そしてお二人は隠すことなくオープンであるというスタンスでした。

なので聞きたいだけ聞かせて頂くことが出来ました。

ご主人の状況

ご主人は発達障害で自閉の気があるらしく、現在は8時間の労働が出来ないそうです。

学校に行っている時には1番の劣等生で、学校がつまらなかったそうです。

ご自身のことを「何考えているかよくわからないような子だった」と言っていました。

僕の中学校にもいましたが、そういう子って過度ないじられの対象になったりします。

ご主人もひどい時には電柱に頭を打ち付けられ、血を流したそうでした。

今ではお二人のかわいい子を授かり、一家の主としてご家庭を持たれています。

前の友達から見たら信じられないだろうなと言っていました。

奥様の状況

奥様は幼少期の頃両親が離婚されていて、母親についていったそうでした。

その後母親はアルコール依存が抜けず、結婚を期に絶縁をされたそうでした。

成長期における家庭内の問題に起因するかはわかりませんが、現在は躁鬱が発症し、現在では通院を続けられています。

発達障害の傾向も少しあるそうでした。

医者からの確定的な診断は受けてないそうです。

でも幼少期からの“優先順位の付けづらさ”や“忘れ物番長ぶり”なども考えると、そうなのかなと思っているそうでした。

ご家庭の状況

二人とも長時間の労働が出来ない状況なので、経済的には困窮しているそうでした。

しかし奥様は毅然とし、「いざとなったら自己破産もできるしね」とおっしゃっていました。

現時点では最大限悪あがきしてから考えようと思っています。

任意整理で債務の問題を一本化したあと、細々返し続ける事の方が今は現実的な道かな。

それでもどうしてもダメな時は自己破産でもなんでもありですよね。

このフラットな感覚が僕は非常に素敵だなと感じました。

僕としては周りの人に頼ることができれば死ぬことはない、と思っています。

また僕は最近「最悪死ぬだけだ」と一種の開き直りの感覚も少し覚え始めています。

□参考記事:“死”をもって、社会価値を残すつもりはある。

現在は夫婦ともに障害年金を貰っています。

それに夫の給与や児童手当、私がクラウドソーシング(在宅ワーク)で報酬を得ています。

全部を合わせると、人並み程度に家計が回るくらいのお金は入ってきています。

(だいたい合わせたら月30万くらい)

とある事情で生活保護も門前払いだった時があり、生活費を賄えなくなりました。

その時は結婚前に作ったクレジットカードで自転車操業を繰り返しました。

その結果、困窮してしまったという現状でもあります。

「なんでも書いていいですよ」としっかり許可を頂き、投稿する前に目を通して頂きました。

これをもオープンに出来るスタンスが本当に素敵ですね。

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僕も障害者なのかもしれない

ある意味では僕も自分のことを障害者なのかなと感じることもあります。

社会に適合するのを拒み、最近では電車を乗り過ごすことが得意になりました。

先日15分で着くところを2度乗り過ごし、2時間かかりました。

昨日も40分で着くところを乗り過ごしと乗り間違いで、2時間かかりました。

ただの注意散漫です。

でもブログを書いていたり、読み物をしていると周りの情報を遮断してしまうんですよね。

どうしようもありません。

(その分作業に没頭できて、僕としては良かったです。)

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Always3丁目の夕日をご覧になられましたでしょうか?

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引用元:ALWAYS 三丁目の夕日’64

僕は実は見ていませんw

でも話しに聞くところ、登場人物はなかなかのアウトロー揃いだそうですね。

こいつ正気か?!と思われるような人も多いと伺いました。

この登場人物たちが現代にいたらどうなっていたでしょうか。

何かしらの疾患を認められ、障害者扱いをされていなかったのでしょうか。

現代社会の器が小さくなったのでは?

現代では何かにつけて病名や症状名をつけたがっているように思っています。

そして症状を認められると安心する人が多い気がします。

僕がバイトを休むと「病院にいけ」と指示され、診断書が必要になります。

その診断書にそこまでの意味があるのでしょうか。

今回“障害者”という方たちとお会いしていつも通りに同じ時を楽しみました。

月間 髙坂勝をしている時には鬱で休職中の方が多く集まりました。

僕から見るに彼らは一般人となんら変わりありませんでした。

何が障害者で何が健常者なんでしょうか。

誰もがもっと生きやすい社会が実現すればいいなとただただ願っています。

そんなことを考えるきっかけを与えてくださった素敵な夜でした。

もっと楽しく!

< カルロス出現情報 >

6/29(月) – 30(火)引越Project @東京 ⇨ 長野

7/9(木)- 9/16(水)研修 @長野県駒ヶ根

9月下旬、10月上旬 インドへGO!!

□参考記事:カルロス、故郷・インドに帰ります : もっと楽しく!

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カルロスは“引越アーティスト”改め、“引越コンシェルジュ”となりました。

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小林勝宗
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コメント

  1. k より:

    カルロスさんこんにちは。

    今回の記事、大変おもしろかったです。
    私も学習障害とADHDを持っています。恥ずかしながら算数は小学校3年生の内容からわかりません。病院に行ったのは21才のときでした。

    高校生で数学がまったくわからず、1をとったとき、どうして私は普通の人が普通にやっていることができないのだろうと悩みました。他の子はじーっと黙って座ることもできるのに何故私は体を動かさないと気がすまないのだろう、

    今思えばもし早くに病院に行っていたら違う人生だったかもしれません。

    でも私はできないことと向き合うことを教えてもらった気がします。一種の障害と向き合うことができたのもこのタイミングだったからだと思っています。

    公の場には書くことができませんが、私は自分の好きなことを周りから応援されて、今責任ある仕事を任して頂いています。

    カルロスさん、ずっと応援してます!ブログもいつも楽しみにしてます(^-^)vがんばってください!

    1. crls1031 より:

      なんて素晴らしいコメントでしょうか。
      ありがとうございます(^^)

      是非お会いできれば嬉しいですね♪

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