お金を得ずに一生食いつなげる、ゲストハウスのヘルパーという生き方。

waya

憧れていたニセコでの仕事が決まっていないにも関わらず、青森にミュージシャンの手伝いに来た勢いで、フェリーに乗りそのまま北海道入りしてしまった。

相変わらずお金に大変余裕のない僕は、このままでは北海道の雪にまみれ、通行人に見つからない運命にもなりかねない。

(実際に今日は1年で五指に入るほどの降雪量だったようだ。)

そう思ったので、各種SNSで助けを求めたところ、一件のゲストハウスに縁が繋がった。

築60年の入居者のいなかったボロアパートをリノベーションして作った“WAYA”というゲストハウスだ。

▶︎公式HP:札幌ゲストハウスwaya(ワヤ)| おすすめの宿

札幌ゲストハウス“WAYA”

行ってみると、全く想像もしていなかったオシャレ空間だった。

札幌駅から雪道をキャリーケースを引いて歩くという苦行を1時間弱こなし、汗だくになってWAYAに着いた。

共同オーナーの1人RIO(有名AV女優ではない)が親切丁寧に案内してくださった。

話を聞いているととてもしっかりした印象だったが、実は24歳で、共同オーナー3人とも新卒の起業2年目ということが判明した。

完敗だ。なんだこの実績は。全く求めてもいないのに、人生の敗北をここで喫することとなった。

ゲストハウスとの出会い

そもそも僕は一人で旅をするまで、ゲストハウスという実態なんて知らなかった。

昨年の春、格安航空のキャンペーンで鹿児島の便が往復1万円しなかったので、行ったみたのが始まりだった。

言う必要は全くないが僕のスケジューリングミスで、行きの飛行機は逃し、ヒッチハイクで鹿児島まで行ったのだった。
 

鹿児島の知り合いの社長の好意により、経費でゲストハウスに宿泊させていただくことになった。

3つほど宿泊した経験は素晴らしい体験だった。

個人的に一番良かったイルカハウスのお母さんはとっても素敵で、今でもたまに連絡を取り合っている。

▶︎鹿児島に来たら「イルカゲストハウス」に泊まっとけ!間違いないよ。
 

ゲストハウスでは今まで出会わなかったような素敵な人がたくさんいた。

本当に刺激的だったことを今、まるで走馬灯のように思い出している。

北海道に来て、日本の真反対の鹿児島のことを思い出すなんて、なかなか粋ではないだろうか。

▶︎昨晩、福岡在住の24歳女性と食事をした話。彼女は家電を持たず、SNSに手を染めない。

ニセコへの憧れ

そこでは冬に雪山にこもって働く魅力的な女性にも出会えた。

冬は雪山と決めており、北海道からカナダ、スイスなど国境関係なく働いていた。

こんな生き方もあるんだと軽く衝撃を受けたのが懐かしい。

▶︎【新しい働き方の提案】春・夏・秋に働き、冬滑りまくる。

僕はこれを実施してみたいと思い、今北海道に来てみたのだった。

予定は未定で断定にあらず

ゲストハウスにヘルパーとして働くのも悪くはない。

給料は出ないが、5・6時間掃除などをしたら、寝床を確保し3食も獲得できる。

これもこれで素晴らしい生き方だ。

高知で出会った冒険家はアフリカ縦断の際、お金の概念が介在しない村落が一番平和だったと言った。

またここで出会った同い年の青年は極力仕事を避け、賃金の介さない方法で人のためになり続けたいと言っている。

こういう考え方があったって良いことだろう。
 

ひとまず、ヘルパーとしての働き方を各地で行うことができたら、様々な地を訪れることができる。

海外にもこのような制度はあるだろうから、海外旅のハードルも圧倒的に下がるだろう。

僕も一つの選択肢として認識し、柔軟な考え方として捉えていければと思う。


 

もっと楽しく!

waya

この思い、届けッ!!!

ABOUTこの記事をかいた人

1988年、生まれのみ岩手県花巻市で、育ちは神奈川県川崎市。2011年、早稲田大学 政治経済学部 経済学科を卒業。体育会ラグビー部に所属し、日本一を経験。五郎丸選手が4年生の時に1年生だった。2011年、野村證券入社。自分の能力のなさに絶望し、1年半で逃げるように退社。その後独立を試みるも、騙されて貯金を切り崩し、アイフル・アコム・レイクで借金100万円を負った。ブログを開始し、今までの失敗談や自分の考えを書き始めると、読者と接点が出来人生が面白くなる。最近は高校で授業をしたり、インドに放浪したり、ミュージシャンのスタッフとして全国ツアーを回ったり、千葉県富津市の金谷に移住したり、イベントを主催したりと、自分が楽しいと思ったことを貪欲に行っている。