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中学校で生徒会長だった僕は、いつから“いい子”を辞めたのか。

中学校で生徒会長だった僕は、いつから“いい子”を辞めたのか。
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なんで僕はこんなにも社会や組織に馴染めないのでしょうか。

自分から拒んでいるのでしょうか。

そんなつもりはさらさらありません。

ただ素直に自分の感じていることを表現しています。

それが問題なのでしょうか。

自分史を振り返りながら、今自分に形成されている価値観を考えてみます。

【必ずコチラの記事をお読みください】

【ちょっと待って!】JICAにクレームを入れる前に、カルロスに直接文句を言おうっ!

トップ画:Photo credit: James Jordan / Foter / CC BY-ND

中学校では“伝説の(?)生徒会長”

僕は川崎市立の中学校を卒業しました。

立地や待遇(?)の良さから、市内では学力が1番高いことで知られる学校でした。

早稲田や慶応の付属高校に15名程度ずつ進学者を出していました。

そこだけ捉えればそこらへんの私立の学校より優秀です。

開成や筑駒も毎年ちゃんといましたしね。

そんなところで僕は運良く、生徒会長を務めていました。

英語弁論大会 全国大会出場

また学校代表で英語弁論大会に出場すると、川崎市大会を通過し、神奈川県で優勝しました。

大会のスポンサーだった読売新聞に自分の姿が報じられたのは、その時が生まれて最初で最後ですね。

中学校で生徒会長だった僕は、いつから“いい子”を辞めたのか。

余談ですが、その時に初めて付き合うことになった女性に出会いました。

□参考記事:【僕が初めて付き合った女性の話】それは高校3年生の時で、遠距離恋愛だった。

その後、関東大会を通過し、全国大会にまで駒を進めました。
 

そんな経験が出来たので、卒業後に母校を訪れると、「伝説の生徒会長さんですね!」なんて言われたものでした。

どうも、伝説の生徒会長です☆ミ

(そんなこと微塵も思っていません。。。(*_*;)

大人の言うことは絶対

僕の基本姿勢の一つとして、何事にも全力で取り組むということがあると思います。

それは今でも変わらないかなと思っています。

なんせ出で立ちが目立つものですから、頑張る姿も自ずと目立ちます。

そりゃ先生からは滅法好かれました。

結果先生にゴマをするような具合で成績も良く、早稲田の付属高校に進学することが出来ました。

決して順風満帆なわけではなかった

先生に怒られて自分を見失ったり、部活動で上手く行かなかったりと、それ相応の葛藤は随所にありました。

でも大学を卒業する頃には、早稲田の政経をちゃんと4年で卒業できていました。

そしてラグビー部にも所属し、1,2年時は大学日本一のチームに所属しました。(試合には決して出ていない)

4年時にはチームとして準優勝を納めました。(シーズン前に1軍にもちょっとだけ出た)

詳しくは以下の記事にあります。

□参考記事:中竹竜二元監督との現在に至るまでの話。僕は監督にここまで導かれてきた。

社会人で壁にぶち当たる

学歴がピッカピカだった僕はちゃんと証券業界最大手に就職します。

僕はその当時、“これで早くに結婚して若いパパとなって人生安泰だ!”なんて幻想も抱いていました。

しかし、現実はそんなに甘くなく、新卒3年間で手当たり次第に失敗しました。

□参考記事:【新「新卒3年間」論】僕は新卒3年間で最高の経験をした。

社会人5年目の現在、この失敗が実は今でも続いているのかもしれませんね。

大人が絶対という“幻想”

新卒で入った証券会社が凄いところでした。

僕はそこでは生きていくことは無理だと思いました。

そこに居続けたら僕は会社に何かが奪われると感じました。

会社にいる人たちは何かを奪われているようにも感じました。

会社や人たちが悪いというよりは、世の中のシステムに問題があるように感じました。

大人になってみて

自分が小さい頃に描いていた年頃の大人になってみて、こんなはずじゃなかったと思いました。

もっと何事もわかっていて、自由な存在だと思っていました。

しかしそんなことは全くなく、むしろ逆で何もわからず、不自由そのものでした。

思考回路なんて中2と全く変わりません。

むしろ制約がなくなったが故に、もっと奇抜に中2的思考を選択できるようになりました。
 

また“学歴さえ高ければ何事もうまくいく”というよく言われることも、ここでは間違いであることに気づきました。

僕の経験が証明してしまったからです。

じゃぁ、なんで皆そんなこと言っているのかと疑問に思いました。

ある意味では、大人の言うことなんて世間に言わされていることなのかなとも思いました。

いい子とは大人や社会にとって“都合の”いい子

中学校で生徒会長だった僕は、いつから“いい子”を辞めたのか。

引用元:Photo credit: cbowns / Foter / CC BY-SA

それまではいい子であり続けようと思ってました。

しかし、いい子でいる限り社会の食い物にされてしまうという感覚を覚えました。

だから自分の意志を表現することを選択し、現在もこうやって自分を表現し続けています。

思春期には反抗期もなく、親と円満だった僕は、それから初めて親と対立するようになりました。

今は親とも上手くやっていると思っていますが、20代になってから初めて反抗期を迎えた感覚です。

こうして尾崎豊のような少し反逆する心も現れるようになりました。

そんな僕はやっぱり国にお金をもらいながら活動することなんて許されないんですかね。

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