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[辞退までの道のり]冷静でいられなかった9/8(火)-9/11(金)心の変容。

[辞退までの道のり]冷静でいられなかった9/8(火)-9/11(金)心の変容。
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駒ヶ根訓練所というある意味、特殊な空間で、僕は自分を失っていました。

短期間に怒涛のごとく押し寄せた出来事に、とても冷静では居られませんでした。

そして辞退を選択しました。

9/8(火)から9/11(金)に起った出来事を振り返ってみます。

9/8(火) 警告書発動

12:30に所長室に呼ばれて伺いました。

いつもは長くお互いの主張を議論し合って、妥協点を見つけては修正していっていました。

しかし、今回は“警告書”を一方的に渡されただけで終わりました。

警告書は法律に則った形の文章です。

訓練中の僕の記事を洗いざらい読まれたようで、事細かに1つずつの言葉を拾っては指摘していました。

警告書の最後には“反省文”を書くように指示されました。

反省文がなければ即刻退所でしょう。

僕は今まで通りのスタンスで“反省文”ではなく、「警告書をもらって」という文章を書き上げました。

警告書をもらって

まずは書き出しです。

1.感じたこと

 まず正直に述べると、ズルいなと感じました。いつも密室に2対1の格好で話をするなんてフェアではないと思いました。話した内容を全て記録し、何かに問題があればそこを付け入ってくるような手段も、僕だったら取らないなと感じました。僕は公人の前に、1人の人間として丸腰です。組織のバックにある資金力や弁護士などの力もチラつかせているようで、自由な発言も許されないように感じました。
 内容に関しては合意したところから1つずつ修正していきました。議論はお互いの主張を言い合って、平行線で続いていたはずでした。それにもかかわらず、あるときには法律を武器に警告書を出されました。こうやって組織は冷酷にも意にそぐわない人は切り捨てていくのだなと感じました。
 ここに感じたことを書いたことにより、「こいつはダメだ」と判断されたら非常に残念です。以下には必要事項、および今後も発信は継続させたいので、それに関するスタンスを記述します。

これで派遣が認められなかったらそれまでだ、と思っていました。

2.反省とそれを踏まえた今後の訓練への姿勢

2.には警告書で指定された「反省とそれを踏まえた今後の訓練への姿勢」を書きました。

反省

“反省の必要はない”と記しました。

 反省に関してですが、特段必要はないと思っています。毎度面談の度に自分の考えは述べてきましたし、また所長およびJICAの考えも学んでいきました。その結果、1つずつ発信する方法も変えていきましたし、今もずっと変え続けています。これ以外に良い方法が見当たりません。
 今回のように問題のある文章を指定していただければ、迅速に対応することが出来ます。自分としても今までの面談で学んだことに気をつけて言葉を選ぶように心がけます。
 ただいかんせん、今回の度重なる面談を経て、自分には“公人としての意識”の前に、“常識人としての意識”が圧倒的に欠落していることがわかりました。大変面倒だとは思いますが、1つずつ教えて頂けると助かります。
 繰り返しますが、僕としては細心の注意を払います。

それを踏まえた今後の訓練への姿勢

“訓練への姿勢も問題ない”と記しました。

 今後の訓練への姿勢に関しては問題ないと思っております。僕は全ての講座に対して熱心に取り組んでいるからです。
 所長も同席された日本人研究では、疑問点を全ての班に時間があるかぎり質問し続けました。また自チームのプレゼンでは、最初の一番面倒な部分である資料作りやディレクション決定を、皆が語学で忙しい中、僕は一人でそれを担いました。そして最終的には所長からも称賛が頂ける作品を作ることが出来ました。
 地球のステージでも1人で2度も質問をしました。講座などは決して他人事ではなく、自分事として取り組んでいます。
 高校生や大学生が訪問した時には、ほぼ全部の会食に参加しました。皆休憩したい、話すのが面倒と感じている中、僕はその面倒さを率先して選択し続けました。
 体育委員としては雨の日のアクティビティを常に先人を切って先導しています。最近雨が続いていますが、いつも体育委員で1番に集合し、自分のアイディアを提案し、それに責任をもって実行しています。

2.今後の発信のスタンス修正

最後には今までの議論の争点がすべてブログだったため、そこに関して独自に書きました。

 1番必要なのはこの部分だと思っています。ここさえしっかりすれば今までの面談内容と言い、何も問題がないと思っています。

① 卑猥な表現の禁止
 最初は過去に書いた卑猥な表現に対して記事にクレームが入りました。そのため、今後公人である2年間は卑猥な表現は控えることに決めました。

② 言葉選びに細心の注意
 次にクレームが入ったのは“JK”という言葉でした。今後はこうした些細な言葉使いにも十分気をつけて参ります。

③ JICA及び、公人に関する言及禁止
 最後には今回たくさん指摘された“公人”についての記述ですが、ここもまた言葉を選ぶように気をつけます。そしてJICA及び公人に関する記述も今後任期を満了するまで控えることにします。

今までの面談で学んだことをまとめて記しました。

最後には結びも入れました。

 以上のことを守ることにより、健全な外向きの発信が可能になると思います。
 今回の修正を経ることで、JICAおよび青年海外協力隊の信用向上、広報にも貢献します。また万が一問題が起ってしまったら、ご指摘いただければ迅速に修正を致します。

今後とも宜しくお願い出来ることを、僕は望みます。

Terrible Tuesday

この警告書が発動した日が火曜日でした。

英語のクラスでは火曜日のことを“Terrible Tuesday”と呼んでいました。

課業後には委員会があり、班会議があり、班ゼミがあるからです。

その日体育委員は近々予定されている体力テストに先立ってシャトルランを行いました。

班会議ももちろん実施しました。

班ゼミはラストということで、素晴らしい時間となりました。

ただ時間としては1時間も延長していました。

フルコースを味わった後に反省文を書き始めていました。

悪夢にうなされ眠れない夜

フルコースを終え、上記した“反省文”ならぬ「警告書をもらって」を書き上げました。

覚悟を決めていたはずなのに、受理されなかったら退所だという恐怖が襲ってきました。

提出期限が翌日の昼12:00だったのですが、それに間に合わなかったという夢を何度も見ました。

浅く寝ては起きて、浅く寝ては起きてを繰り返し、世が明けました。

寝た心地はほとんどなかったと思います。

9/9(水)反省文訂正×2、面談×2

午前中の授業前に早々と準備した「警告書をもらって」を提出しました。

胸をなで下ろしましたが、疲労は隠しきれませんでした。

昼、スタッフに呼び止められる

ランチが「スリランカ・カレー」でした。

語学の授業が終わると食堂に向かおうとドアを開けました。

すると教室を出たところにスタッフさんがいらっしゃいました。

「小林くん、話しよう。」

空き部屋に連れて行かれ、1対1で話しました。

初めて組織の人間ではなく、個人として話が出来た

スタッフさんは親身に僕に向き合ってくださいました。

ラグビーが好きな方で僕の入所を楽しみにされていたと伺っていました。

実はその前の週末に行われていたソフトボール大会の時から、事態が悪いことを知っていたそうでした。

そして、本話そうかと迷っていたそうでした。

「言うのが遅かった。

 でも今からでも間に合う。

 インドに行ってラグビー教えようよ!」

そういって僕を鼓舞して下さりました。

初めて組織の人間ではなく、血の通った個人の言葉だと感じれました。

僕はこの人の言うことを聞こうと反省文を書くことにしました。
 

しかし状況を見てみると、昨夜眠れていません。

昼間にはスタッフさんの熱い話に熱中しました。

普段から語学の授業で肉体的には厳しいので、昼寝を取るようにしています。

この時、昼寝の時間が確保できませんでした。

夜、所長面談

午後の授業は疲労で身が入らず、リスニングの言葉が全く頭に入ってきませんでした。

そして所長に夜呼ばれ、反省文を訂正するように促されました。

今までの僕なら噛み付いていましたが、スタッフさんに説得していただいていましたし、全部聞くことに徹しました。

そしてなんとか書き上げた反省文が以前の記事です。

□参考記事:【謝罪】大変申し訳ございませんでした。

これを夜の0:00近くに所長に直接メールで提出しました。

驚くことに所長からすぐに返信が来ました。

反省文の提出、ありがとう。
書いてくれた内容を、とことん信じます。

自分の本意では決してない

しかしこの文章は僕の意に全く沿っていませんでした。

自分の心を消し、自分を殺して作り上げた虚像でした。

虚像でもなんでもインドに漕ぎ着ければいいとこの時は思いました。

しかし、この虚像をつくり上げる作業によって、僕の中で確かに何かが失われました。

9/10(木) 1日休み

この日は1日かけて所外活動を行う予定でした。

朝に所長と面談を行いました。

反省文を見て、所長は本当に晴れ晴れしかったそうでした。

久しぶりにぐっすり眠れたとおっしゃいました。

これで自信を持って僕のことをインドに送れる、ということででした。

ただ僕はこのありがたい言葉も、自分の心ここにあらずで受け止めることが出来ませんでした。

その文章は虚像にしか過ぎないからです。
 

連日の面談や反省文提出で肉体的にも精神的にも参っていました。

そこで所外活動を休ませてもらうことにしました。

1日中寝続けました。

しかし1日中寝続けてもいいことはありません。

逆に疲労がたまり、身体の節々が痛くなりました。

夜、所長面談

所長の到着を待ち、20:30ころから面談を行いました。

そして外向きに反省の意を向けることを提案され、僕は進んでそれを実行しました。

□参考記事:【謝罪】大変申し訳ございませんでした。

そして同じ訓練生の中にも、僕ではなく所長にクレームを入れている人もいるそうでした。

内向きにも発信し、直接に罵詈雑言を反論をせず、ただ受ける覚悟があることを伝えました。

僕が平成27年度2次隊に泥を塗った張本人であり、青年海外協力隊の誤解を促している犯人なのですから。

深夜、眠れない

深夜になっても眠れませんでした。

それもそのはずです、日中に余りあるほどに寝たわけですから。

しかし、夜に目が覚めてもいいことなんてありません。

偽り続けている自分がどんどん表出し始め、左腹部を痛めつけます。

どうすれば収まるか、寝返りを打ったところで変わりません。

そこで僕が取った行動は、反省文によって禁じたはずの賛否の分かれる記事を書くことでした。

手当たり次第に書き綴り、ある程度記事が仕上がった時、自分は何やってんだろうかと思いました。

それが午前3時を回っていたくらいでした。

9/11(金) 語学最終試験

この日は語学の最終試験でした。

試験のことよりも、魂を奪った反省文とそれでも僕のことを鼓舞してくれる所長のことばかりを考えていました。

午前中の試験が終わり、所長室に飛び込みました。

僕は今の状況が耐えられず、所長の前で涙を流しました。

「反省文をよくぞ公開したね

 そんなことは簡単には出来ないぞ。

 小林くんは勇敢だ。

 胸を張っていいんだ、批判が来たってそれを跳ね返すくらいに行動に邁進するんだ!」

そういって所長はもぬけの空となった僕を、鼓舞し続けてくださいました。

でもいくら鼓舞して頂いても僕にはもう答えるだけのものが失われていました。

そして何よりも僕は外からの批判よりも、自分に嘘をついていることに耐えられなかったのでした。

テスト終了、オリエンテーション

午後のテストも無事に終わりましたが、僕の心は決して無事ではありませんでした。

テスト後、修了時のオリエンテーションが行われました。

僕の心はここにあらずで、言葉が頭に入ってきませんでした。

派遣に向けた話を進むごとに、僕の腹は痛みをまし、耐えられない状況でした。

そして再び所長室に向かい、現状を洗いざらい説明しました。

もう自分の心に嘘をつくことは出来ない、もうこれで終わりにしたい、と。

そして辞退の方向で手続きを始めました。

もっと楽しく!

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